雑記

日本語教師への転職はやめた方がいい理由

日本語教師

現在、日本では少子高齢化により、労働人口の減少や経済縮小が進行しています。

対策として海外からの移民の受け入れについてのニュースをよく見ますが、スピード感は非常に遅く課題は山積みです。

海外で働く上で、一番最初に立ちはだかるのが「言葉の壁」ではないでしょうか。

海外からの移民が増えていくこれからの日本にとって、言葉や文化を教えるのが日本語教師の仕事ですので、日本語教師の将来性はなくはないと思います。

しかしながら、日本語教師は非常に過酷な職業でもあります。

学生時代から、日本語教師を志すのであればいいですが、既に社会に出ており誰かの援助を受けれない状況で、仕事として日本語教師を目指すのは難しい状況です。

私の体験をもとに日本語教師への転職が難しく、おすすめしない理由をまとめてみました。

日本語教師を志半ばで諦めた私の話

挫折した男

私自身の話を少しさせていただきます。

23歳でワーキングホリデーでカナダに1年間滞在し、その後、バックパッカーとして様々な国を貧乏旅行しました。

25歳の時に仕事について考えた時、国際交流を仕事にしたいと思い、日本語教師養成講座に通い、1年弱の講座を終え、日本語学校で週に2コマ程の授業を受け持つことになりました。

しかし当然、生活の為にアルバイトを止めるわけにもいかず、睡眠時間を削って、教案作りをするような生活になってしまいました。

教案作りは初めてのことが多く、時間ばかりが過ぎていき全く上手くいかず、寝る間を惜しんで折角作った教案もダメ出しが入りやり直し。その時間は無給という現実でした。

そんな生活をするうちに体調を壊してしまい、日本語教師の志半ばでやめてしました。

もう少し頑張ることもできたとは思いますが、精神まで壊しかねない状況であったので、きっぱり諦めることができました。

私は、日本語教師を志し行動し挫折した1年間の出来事から仕事は「やりたいこと」よりも「できること」の方が良いと学びました。

日本語教師への転職はやめた方が良い理由

貧乏生活

私自身が経験した出来事から日本語教師になるためには、誰かの支え無しでは不可能だと感じました。

一人暮らしをしており、金銭的援助がない人は、日本語教師を目指すのはやめておいた方がいいと思います。

その理由は下記の3つになります。

  1. 給料が安すぎる
  2. 無賃金労働時間が長すぎる
  3. 生活を犠牲にする必要がある

給料が安すぎる

日本語教師一本で生活をしていけるようになるまでは、専任の講師になる必要があります。

専任になるまでは、アルバイトをするなど別の収入減が必要になります。

そして、専任になり日本教師だけで生計を立てられるようになったとしても、稼ぎは少なく、自分が食べていくだけで精一杯です。

家族を養うことは現実的には難しく、稼ぎがしっかりあるパートナーの存在が必要になります。

特に男性の日本語教師が少ないのはそういった背景があるからです。

ちなみに私が研修を受けた語学学校は、常勤、非常勤を含めて40人近くの講師がいましたが、男性はたったの2人しかいませんでした。

無賃金労働時間が長すぎる

これは日本語教師だけでなく、教育者全般に言えることかもしれませんが、指導案が必要になります。

慣れてくれば、教案作成もスムーズにいくかと思いますが、最初のうちはかなりの時間を使う必要があります。

教師として責任のある立場であるので、教案の必要性は理解できるものの、教案作成の時間は、すべて無賃金労働ということになります。

どの会社も、サービス残業はあるかもしれませんが、家でも働くと考えると、とてつもない時間を無賃金労働をしないといけないということになります。

生活を犠牲にする必要がある

低賃金と教案作りなど、プライベートの時間がほとんどなくなり、自分の時間がとりづらくなります。

また、授業がない時でさえも、教案作成のことを考えないといけないので、仕事とプライベートの線引きが非常に難しくなります。

また低賃金の為、プライベートで使えるお金に限りがあり、生活を犠牲にしないといけません。

やりたいことをやるためには、何かを犠牲にしないといけないのはわかりますが、そこまでしてやらないといけないのか?という疑問も残ります。

やりがいだけでは生きてはいけない

手のひらの世界

日本の言葉と、日本の文化を伝えていく日本語教師はとても重要な職業です。

留学生の成長や卒業後の活躍などを考えると、とてもやりがいがあり、誇るべき仕事ではありますが、個人的な犠牲があまりに多いように感じます。

来日の留学生の多くはアジア諸国からとなっておりますが、日本は物価が高い国ということもあり、留学生の学費だけでは十分な給料に還元することは難しいです。

やりがいをとるか給料をとるか?と聞かれ「やりがい」と答えられる人は、恵まれている人です。

生活をすることができなくなるレベルまで達した時、その回答は出てきません。

労働環境が見直されることで、日本の文化を伝えられる日本語教師が増えることを願っています。

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自分の価値観と向き合うことが必要

日本語教師には夢ややりがいがあり、なりたい!という人が多いのも現実だと思います。

しかし、お金が稼げるかどうかとは別の話になります。

やりがいか?お金か?という選択になった時に、やりがいを選ぶのは素晴らしいことではありますが、その選択が出来るのは最低限の生活ができてからだと思います。

私自身は日本語教師の夢を諦め、現在は営業の仕事をしていますが、おそらく日本語教師の仕事をしていたら今の稼ぎはなかったでしょうし、結婚も出来なかったかもしれません。

最終的に、本当に大切なものは何か?という価値観と向き合うことになるかと思います。

お金と考えるのではなく、お金を手にして出来る選択肢と夢を天秤にかけてみるのが良いかもしれません。

私は、夢よりもお金を得ることで手に出来る選択肢(=最低限の生活や結婚、家族との時間)を選びました。

そして今、本当に幸せですし別業界に就職を選んだことは間違ってはいなかったと断言できます。

やりがいを選ぶか?出来ることを選ぶか?自分の価値観と向き合うことが大切です。